『あなたのため』も行き過ぎれば虐待―赤い隣人~小さな泣き声が聞こえる
『赤い隣人~小さな泣き声が聞こえる』野原広子(著)コミックエッセイ(KADOKAWA)
あらすじ
小さな息子を連れて、新しい街に引っ越してきた希(のぞみ)。
隣に住む「理想的な家庭」の主婦、千夏(ちか)と家族ぐるみで仲良くなるが、
じわじわと千夏への違和感を感じていく。
おかしいのは私のほう?それとも千夏のほう?
幸せな家族に見えても、心の黒い穴は埋められない。
『消えたママ友』『今朝もあの子の夢を見た』『人生最大の失敗』を描いた
イヤミス・コミックエッセイの第一人者、野原広子最新作、
雑誌レタスクラブ連載に加え描き下ろし64ページオールカラーで構成。
(この本の情報 より引用)
見えない音
ママ…
ん?
だれかがないてるこえがする
風の音だよ
引用元:赤い隣人~小さな泣き声が聞こえる
レタスクラブ様の連載にて数々のヒット作を生み出す、著者の野原広子先生。
あるかな?と思ったのですが野原先生のサイトなどは無いようです。
こちらの作品、タイトルに”赤”とついているので、流血表現かとドキドキした方も多いようですが、読んでいくうちにその謎が紐解かれていきます。
読んでも読んでも晴れない疑惑、不穏な空気、そして、ラストにはほんの少しの毒…
では内容紹介参りましょう。
…
……
キャリーケース片手に、未就学児とおぼしき男の子を連れた、一人の女性の名前は希(のぞみ)。
子の名前はケンちゃんで、保育園に通う男の子。
季節は春目前?珍しい時期に、とあるアパートへと引っ越してきます。
木造アパートの2階に居を構える希をよそに、玄関扉から出たケンちゃんは、廊下の手すりにカエルを見つけます。
その目線に入る、赤い屋根の可愛い戸建てのおうち。
ある日、その家に同じ年齢くらいの女の子がいて、カエルをきっかけにケンちゃんと仲良くなります。
女の子の名前はモモカ。
新生活に不安定になってしまうケンちゃんは、夜泣きをしてしまい…。
ケンちゃんが新天地にて見つけた拠り所(?)カエルを見るために外の空気を吸いに出た二人は、風の音か人の泣き声か、よく分からないものの声を聴きます。
誰の家にだって
夫は出張が多くてほとんど家にいないし
いつも子どもとふたりだけでストレスたまるんだよねー
引用元:赤い隣人~小さな泣き声が聞こえる
翌日、新しい保育園へと向かうため家を出た二人は、モモちゃんのママと出会います。
ママの名前は千夏(ちか)さん。
モモちゃんとケンちゃんが同じ年長組さんで、家も近いし千夏の雰囲気も良いことから、緊張の糸が少しほぐれる希。
保育園へと送ったその足で、新しい職場へ向かいます。
お迎えのタイミング、
希とケンちゃんが珍しい時期に引っ越してきたこと、
モモちゃんの家の隣のアパートにいること、
シングルらしいこと、
…年長でおねしょをしてしまったことなどなどから、保育園の保護者たちの噂の的になってしまう希。
思わずその不安を表に出してしまいますが、おねしょしてしまったのは実はモモちゃんも同じで。
年齢の割にしっかりしているように見えたモモちゃんに抜けている点と、千夏の悩みが見え隠れしてきます。
降園がよく重なるためか、一緒に帰路についたりと少しずつ仲良くなっていく希と千夏。
夫(というか置かれた立場)への不満をついこぼしてしまった千夏をフォローするためか、
『いろいろあって…健太とふたり』
と言った希に、作り笑いでフォローし返す千夏。
そしてケンちゃんと虫を捕まえたモモちゃんの手を千夏が跳ね除けたことで、とっさに頭を守ってしゃがみこむモモちゃん。
これは普段から、千夏がモモちゃんを叩いていることへのリアクション?
22pめにして、千夏の闇のようなものがジワジワと醸し出されていきます。
ちゃんとしてるのに
見てて息が詰まる…
モモちゃん大丈夫だろうか?
あれからまた
怒られたりしてないだろうか?
引用元:赤い隣人~小さな泣き声が聞こえる
近所ということもあり、関わっていく回数がどんどん増えるモモちゃんとケンちゃん(千夏と希も。
出張が多いらしい千夏の旦那さんも登場し、彼らの家へと食事に招かれた希は、久しぶりに楽しむことができた様子。
モモちゃんと二人きりの時と違って、千夏の表情もやわらかめ。
まもなく小学校への入学があり、保育園で同じ年長クラスの少しだけ関りのあったよっちゃんママから話しかけられる希は、人見知りだということを見抜かれてしまいます。
モモちゃんの話で昔よっちゃんママと千夏が仲良かったことを知っていた希は、2人に何があったのか気になりつつ…
男の子ママならではの処世術を教わった希は事の顛末を千夏に報告(相談?
千夏いわく、お節介で人の家庭に踏み込みがちなよっちゃんママのことが気に食わない様子。
そういう人って味方であれば心強いし、ソリが合わないと厄介なのも確か。
しかし千夏が気にするほどかな?と言う感じの人懐っこい感じのよっちゃんママ。
どこにいっても誰かと一緒にいることが多いので、コミュ強と言う感じ。
またまたパパの出張があるらしい千夏に誘われ、日曜日は一緒に動物園へ行くことに。
手作り弁当を持参してくれた千夏の料理に舌鼓をうちつつ…
はしゃぐモモちゃんに、突然怒りを露わにする千夏。
旦那さんが不在になるほどに、彼女が不機嫌になってしまう確率が上がると感じる希はすかさずフォローするが、聞く耳を持ってもらえずず、モモちゃんをダメな子だと切り捨ててしまいます。
そんな千夏に恐怖を感じる希は…
あれは虐待?
お行儀のいいモモちゃんは
チョコレート禁止でママはお料理が上手で
食事はすべて手作り
引用元:赤い隣人~小さな泣き声が聞こえる
千夏が怒りを露わにしたあの一件。
可愛くていい子のモモちゃんは、他愛のないことでよく叱られていることを察してしまった希。
優しくて親切な千夏が時折見せる激しい感情に戸惑ってしまう希が眠れずにいると、引っ越してきた当初に感じた、風の音か誰かの泣き声が分からない音が再び聴こえてきます。
気になって外に様子を確かめに行くと…
引っ越し当初に挨拶をした、下の階にいる一人暮らしの婦人・トヤマさん。
ゴミを漁って中身を確認し、あるものを抱きしめて号泣する彼女は、千夏のヒミツを知っているようで―ー?
千夏の異常さと、トヤマさんの恐ろしさに触れる重要なシーン。
恐ろしさと切なさが相まった展開に、希の中で千夏=少しおかしいというピースがはまっていきます。
近所のスーパーでよっちゃんママに出会った希は、ずっと気になっていた、千夏のモモちゃんへの躾について尋ねます。
そうね
…うん 厳しい
でも あれは正直虐待に近いと思う
引用元:赤い隣人~小さな泣き声が聞こえる
以前同じマンションだったという千夏とよっちゃんママ。
関わっていく中で見えた彼女の育児に対する姿勢をハッキリと告げるよっちゃんママの言葉に、思い当たらない節が無いでもない希。
モヤモヤしながら眠りに就くと、今度はハッキリと聴こえる、千夏の家からモモちゃんの泣き声。
心配で外に出ると、同じく心配した様子のトヤマさんと遭遇します。
泣き声だけかと思いきや、何時間もピアノの音が聴こえたり、大きな音がしたりと、何やら不穏な雰囲気…。
読者の皆さまが感じている、きっと、千夏がモモちゃんに辛く当たっているのだろう…という予想は当たっています。
しかし読んでも読んでも不穏な雰囲気は消えず、謎も消えない。
しかも当たっていると思ったこと以外にも意外な展開がゴロゴロと出てきて、ページをめくる手が止まらない面白さ(不穏さ
最後のみどころ紹介します。
これも虐待?
”あなたこそどうなの?”
千夏さんのやってることは虐待?
私がやっていることは
ケンちゃんをパパに会わせないことは虐待?
引用元:赤い隣人~小さな泣き声が聞こえる
夜中にモモちゃんが泣いていたことを心配して声をかけると、余計なお世話!!と千夏は逆上して希の不満を爆発させる事態に(普段から思うところがあったっぽい…
周囲の人を避け、ワケありっぽい母子家庭、だらしない様子のケンちゃん…と、希の生きざまに文句がある様子の千夏は、人の家庭より自分の人生を心配しろと言わんばかりの剣幕で怒ってしまいます。
この一件以来、近所付き合いなんてしてらんない、と諦めた希。
モモちゃんの心配をしつつ目の前の事を精いっぱいこなす生活を駆け抜けます。
一人手で育てていることもあって、段々と荒れてくる生活と、だらしなさに磨きがかかってくるケンちゃん。
そして、なぜ父親のもとを離れ母親の希と一緒に暮らしているのかをよく理解していないケンちゃん(そもそも希が話していない)は、生活リズムが狂ったり、クラスメイトと衝突したりと、荒んでしまいます。
実は不調を繰り返しつつも、少しずつ離婚へと向かっていた希。
ケンちゃんと二人だけで暮らしたいという願いが叶いそうな矢先ー―ー
モモちゃんとケンちゃんは行方をくらませてしまいます。
あの人といたら 心がつぶされてしまう
だから 健太を連れて
私はあの時こうするしかなくて
健太のためにもこれが正しいはずと思って
引用元:赤い隣人~小さな泣き声が聞こえる
自分を守るため、子を守るため、希の取った行動は正しかったのか?
『立派な子を育てる』という理念が強すぎる千夏の育児は正義か…
異常に見えた千夏の行動の理由や、根本的な原因も明らかになってきます。
もがき、苦しみながら最善の道を模索し続ける、ママたちの葛藤をぜひご覧くださいね。
感想
本書は最初から中盤辺りまで希視点で描かれているので、傍観者のように千夏が少しおかしいという風に表現されています。
が、実は希も同じくらいおかしかったりすることが後から分かってきて、どちらかと言えば(私は)希の方がやや非常識かな?という印象。
千夏が厳しすぎるのも、希がパパからケンちゃんを引き離したのも、元をたどれば子どものため
なんですよね。
頼まれていなくてもやってしまう、それが母親というもの…
色々察して、先回りして、そうして行動に出て、失敗して…
自分の人生とも重なる点が多くあり、多くのママも共感するんじゃないかなと感じました。
今私たちがしている育児って、自分がされた育児であり、何かへの復讐や恨みや希望を果たすためだったりもします。
人生で経験してきたこと、誰かへの思いが複雑に絡み合って、意外と目の前の子には集中できてないことも多々あります。
千夏も希も自分の親や義理の家族の話は出てきませんが、その辺も無関係にはやっていけないのが育児ですよね。
どこにも正解はないから余計に辛い。
ただ言えることは、目の前の子が屈託なく笑ってい生きているのであれば、それこそが自分のやってきたことの一番の解かな、と思います。
安全地帯でなら子どもってのびのびしていますよね。
その安心できる状況を作れたことが凄く大事なんじゃないかと今は思います。
そのためには、自分の精神と夫婦仲が安定していること、過去に何があろうともそれを持ち込んで子を見ないこと、なんですが。
少しネタバレですが最悪の仲に見えた希と千夏も最後には和解します。
その様子に少し泣いてしまいました。
理念の違うママ友付き合いってなんなんでしょうね。
自分なりに考えてみたのですが、宗派の違う戦闘員みたいな…?(育児は毎日が戦地へ赴くようなもの
お互いに自分の信じる信念のもと戦っているので、否定がngなのは当然なのかも?と思ったり。
違和感を感じても否定しすぎない、尊敬を念頭に置く、お互いの功を労う
親子仲でも夫婦仲でも大事なことって、赤の他人に対しても言わずもがな大事な事ですよね。
長くなりましたが、今日もお読みいただき、ありがとうございました。
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